LIFESTYLE / Culture & Life

3年に一度の国際芸術祭、「あいちトリエンナーレ 2016」詳細レポート。

3年に一度開かれる国際芸術祭、「あいちトリエンナーレ 2016 虹のキャラヴァンサライ」。虹というより陽炎の立つ中、プレビューツアーに参加してきたアートライター住吉智恵さん。暑さで朦朧とする彼女の意識をガツンと覚醒させたアートとは?
ジェリー・グレッツインガー《Jerry's map》 2016 photo: 菊山義浩

愛知県美術館では、メインビジュアルとなった米国のジェリー・グレッツィンガーの巨大な地図が出迎えた。1963年以来、仕事の合間の退屈しのぎから3200枚以上(今回の展示は約1300枚)のパネルに膨れ上がった壮大な「想像上の都市」だ。複雑なルールに基づく、でたらめな構造をもったボーダレスな世界を眺める視点は自由な研究肌。作家本人も素敵なカーネル・サンダース似で、早々に愉快な気分になってしまう。

続いて、フィリピンの作家がB級映画のフィルムを、パプアニューギニアの作家が南太平洋の石や貝の貨幣を、エジプトの作家がイスラム文化の幾何学的シンボルを、それぞれ素材とした大作が現れる。まさにこの芸術祭がテーマに掲げる、多様な色彩に富んだキャラヴァンの「旅」の出発だ。

三田村光土里の展示室ではむしろ文化圏を超えた都市生活の本質を感じた。ジャンクショップや寂れた煙草屋から譲り受けたおびただしい品々が小粋にアレンジされた空間で、こっそりと囁かれる彼女のアンニュイな呟きと、ミニチュアの兵士たちの無言のぼやきに耳を傾ける。

セーリングの元オリンピック選手であるチャールズ・リム・イーヨンがシンガポールの海洋史を綴る作品では、船上から臨む晴れ晴れとした海のイメージと、作家が英国の図書館から拝借してきたという古文書の記述に、観るものの思考はたちまち遥か時空の彼方へ解き放たれてゆく。

あいちトリエンナーレ 2016
虹のキャラヴァンサライ 創造する人間の旅
Homo Faber: A Rainbow Caravan

芸術監督:港 千尋
会期:~2016年10月23日(日)
主な会場:愛知芸術文化センター/名古屋市美術館/名古屋市内のまちなか(長者町会場、栄会場、名古屋駅会場)/豊橋市内のまちなか(PLAT会場、水上ビル会場、豊橋駅前大通会場)/岡崎市内のまちなか(東岡崎駅会場、康生会場、六供会場)
公式サイト:

住吉智恵(Chie Sumiyoshi)
アートプロデューサー、ライター。東京生まれ。さまざまなメディアでアートや舞台についてのコラムやインタビューを執筆の傍ら、アートオフィス&レーベル「TRAUMARIS」を主宰。各所で領域を超えた多彩な展示やパフォーマンスを企画。9/2 田名網敬一展にて中村蓉ソロダンス(コートヤード広尾)、10/2 DANCE NEW AIR2016にて「ダンス保育園!!」(スパイラル)を企画している。

大巻伸嗣《Echoes Infinity ー 永遠と一瞬》2016 photo: 怡土鉄夫

今回、3つの大作を展示しているのが大巻伸嗣。大がかりで、なおかつ緻密なインスタレーションを制作する数少ない日本人作家の一人だ。代表作『Echoes Infinity ー 永遠と一瞬』は、白いフェルト地のカーペットに総重量300kg以上の日本画の顔料で花や鳥の文様を施した広大な空間。人々が回遊するにつれ、作家が世界を旅して見つけたさまざまな色が混じり合い、やがて天体の散りばめられた宇宙のようなカオスとなるはずだ。

一方、ルイ・ヴィトンのショウでも応用された『Liminal Air ー 黒の深度』では暗闇の静寂のなかで空気をはらんだ巨大な布が漂い、蠢く。豊橋会場に設置された最新作「重力と恩寵」では、花鳥文様の巨大な壺のなかを、目を射るような強い光がゆっくりと太陽のように昇降する。いずれも、目に見えない時間や記憶を思いもよらない形に可視化して繰り広げ、心を揺さぶる渾身の展示だ。

あいちトリエンナーレ 2016
虹のキャラヴァンサライ 創造する人間の旅
Homo Faber: A Rainbow Caravan

芸術監督:港 千尋
会期:〜2016年10月23日(日)
主な会場:愛知芸術文化センター/名古屋市美術館/名古屋市内のまちなか(長者町会場、栄会場、名古屋駅会場)/豊橋市内のまちなか(PLAT会場、水上ビル会場、豊橋駅前大通会場)/岡崎市内のまちなか(東岡崎駅会場、康生会場、六供会場)
公式サイト:

住吉智恵(Chie Sumiyoshi)
アートプロデューサー、ライター。東京生まれ。さまざまなメディアでアートや舞台についてのコラムやインタビューを執筆の傍ら、アートオフィス&レーベル「TRAUMARIS」を主宰。各所で領域を超えた多彩な展示やパフォーマンスを企画。9/2 田名網敬一展にて中村蓉ソロダンス(コートヤード広尾)、10/2 DANCE NEW AIR2016にて「ダンス保育園!!」(スパイラル)を企画している。

ダニ・リマ『Little collection of everything』2016 ©HATORI Naoshi

一日目の夕暮れ、ダニ・リマ率いるブラジルのカンパニーの公演を観る。舞台一面に散らかったカラフルな日用品と、どうやって覚えたのかと驚くほど凝った日本語の台詞を操り、4人のダンサーが「〜する」をめぐって丁々発止。大人向け・子ども向けを超えた、直感的に状況を愉快な方にもっていく展開は、リオのオリンピック開会式の演出にも通じる高揚感で、一気に旅の疲れもやわらぐ。

二日目は岡崎市、豊橋市の会場へ。岡崎でおもしろかったのは、昭和レトロなビル・岡崎表屋に、とてもデリケートな仕草で詩のようなオブジェを置いていくインド人作家シュレヤス・カルレ。それと、駅ビルのかなり香ばしいたたずまいの洋食店の周囲一帯に、自らの裸体で世界と触れ合うための珍妙な装置彫刻を出現させた二藤建人。空ろな街の記憶の隙間に生き生きとした「個」を滑り込ませた。

また幕末から遺る旧石原邸には、フラジャイルな陶器や土器の欠片、装飾的なタイル、八丁味噌の味を解析する秘密のスパイスといった、愛知の歴史的背景に発想を得た作品群が、まるで昔からそこにあるように鎮座していた。

あいちトリエンナーレ2016
虹のキャラヴァンサライ 創造する人間の旅
Homo Faber: A Rainbow Caravan

芸術監督:港 千尋
会期:〜2016年10月23日(日)
主な会場:愛知芸術文化センター/名古屋市美術館/名古屋市内のまちなか(長者町会場、栄会場、名古屋駅会場)/豊橋市内のまちなか(PLAT会場、水上ビル会場、豊橋駅前大通会場)/岡崎市内のまちなか(東岡崎駅会場、康生会場、六供会場)
公式サイト:

住吉智恵(Chie Sumiyoshi)
アートプロデューサー、ライター。東京生まれ。さまざまなメディアでアートや舞台についてのコラムやインタビューを執筆の傍ら、アートオフィス&レーベル「TRAUMARIS」を主宰。各所で領域を超えた多彩な展示やパフォーマンスを企画。9/2 田名網敬一展にて中村蓉ソロダンス(コートヤード広尾)、10/2 DANCE NEW AIR2016にて「ダンス保育園!!」(スパイラル)を企画している。

ラウラ・リマ 展示風景 撮影: 住吉智恵

豊橋では、水上ビルと呼ばれる水路上に建つ商店街めぐりが楽しい。はちみつや花火の小売店が並ぶ界隈に、ブラジルのリオ出身のラウラ・リマが100羽の鳥を放った一角がある。押し入れに数十羽の小鳥が無心でたむろする楽園はちょっとした現実離れした当惑を味わえる光景だ。またリトアニア出身のイグナス・クルングレヴィチュスは、ミステリー仕立てのシナリオが大音響のサウンドと共に英語の文字で綴られる"VJ朗読"ともいえる映像作品を展示。犯行が解明される結末まで、キーンと冷えた展示室をどうにも離れがたい誘惑にかられてしまう(←本能的欲求)。

駅前大通りの開発ビルでもクオリティの高い展示が続く。キルギスの作家が中国との国境近くで隊商(キャラヴァン)の取引を手配する労働者を捉えた映像では、異境の地で切々と歌われる民謡になぜだかノスタルジーを感じた。最果ての地ですくいあげられた一編の詩に、ストレスやこわばりが溶けていくようだった。

また米国アラスカ州の作家は、先住民族と現代の造形とを組み合わせた、オペラティックな折衷様式の衣装をマネキンに着せ、林立させた。どこまでいっても変わらない人間の"装飾テク欲求"に、なぜかスターウォーズのあの民族時代考証錯誤なコスチュームを思い出してしまう。

あいちトリエンナーレ2016
虹のキャラヴァンサライ 創造する人間の旅
Homo Faber: A Rainbow Caravan

芸術監督:港 千尋
会期:〜2016年10月23日(日)
主な会場:愛知芸術文化センター/名古屋市美術館/名古屋市内のまちなか(長者町会場、栄会場、名古屋駅会場)/豊橋市内のまちなか(PLAT会場、水上ビル会場、豊橋駅前大通会場)/岡崎市内のまちなか(東岡崎駅会場、康生会場、六供会場)
公式サイト:

住吉智恵(Chie Sumiyoshi)
アートプロデューサー、ライター。東京生まれ。さまざまなメディアでアートや舞台についてのコラムやインタビューを執筆の傍ら、アートオフィス&レーベル「TRAUMARIS」を主宰。各所で領域を超えた多彩な展示やパフォーマンスを企画。9/2 田名網敬一展にて中村蓉ソロダンス(コートヤード広尾)、10/2 DANCE NEW AIR2016にて「ダンス保育園!!」(スパイラル)を企画している。

石田尚志 プロジェクションマッピング風景 撮影: 住吉智恵

日も暮れた頃、映画ロケにも使われるというこれまた建築様式リミックスの豊橋市公会堂で、オープニングを記念して、石田尚志の映像とその実弟のオルガン伴奏によるプロジェクションマッピングが行われた。路面電車が通り過ぎるのどかな大通りに、荘厳なバロック音楽が響きわたり、狂おしく変容するイメージの連鎖は異界を出現させた。

今回のあいちトリエンナーレは、灼熱の道行きにも関わらず、理屈抜きで「楽しくなる」芸術祭だった。それは非常に大切なことで、たとえ社会や政治に斬り込むシリアスなコンセプトの作品であっても、アートはアートなのだ。ユーモアや美の表現を忘れてはならないと思っている。写真を通して人類史を探求するアーティストであり、自身の目と脚で世界を知ろうとする「旅人」である芸術監督・港千尋のフィロソフィーを色鮮やかに反映した、心躍る芸術の祭典である。

あいちトリエンナーレ2016
虹のキャラヴァンサライ 創造する人間の旅
Homo Faber: A Rainbow Caravan

芸術監督:港 千尋
会期:〜2016年10月23日(日)
主な会場:愛知芸術文化センター/名古屋市美術館/名古屋市内のまちなか(長者町会場、栄会場、名古屋駅会場)/豊橋市内のまちなか(PLAT会場、水上ビル会場、豊橋駅前大通会場)/岡崎市内のまちなか(東岡崎駅会場、康生会場、六供会場)
公式サイト:

住吉智恵(Chie Sumiyoshi)
アートプロデューサー、ライター。東京生まれ。さまざまなメディアでアートや舞台についてのコラムやインタビューを執筆の傍ら、アートオフィス&レーベル「TRAUMARIS」を主宰。各所で領域を超えた多彩な展示やパフォーマンスを企画。9/2 田名網敬一展にて中村蓉ソロダンス(コートヤード広尾)、10/2 DANCE NEW AIR2016にて「ダンス保育園!!」(スパイラル)を企画している。

Chie Sumiyoshi