イーノの正統的後継者? 2013年ベストの呼び声も高いアンビエント/エレクトロの異才"OPN"との対話

Oneohtrix Point Neverと書いて「ワンオートリクス・ポイント・ネヴァー」と読む。2013年の秋に名門Warpよりリリースされたアルバム「R Plus Seven」は、音楽ファンの間で地味ながらも高い評価を得て、海外メディアでは軒並み2013年のベストアルバムのリストにランクインを遂げた。ソフィア・コッポラの最新映画『ブリングリング』で音楽監督にも抜擢された注目の異才OPNことダニエル・ロパティンがWIRED.jpとの対話に応じてくれた。
イーノの正統的後継者? 2013年ベストの呼び声も高いアンビエント/エレクトロの異才OPNとの対話

OPN

Oneohtrix Point Never=Daniel Lopatin|ワンオートリックス・ポイント・ネヴァー=ダニエル・ロパティン
ブルックリンを拠点に活動する実験音楽家。ソ連邦からアメリカに亡命した両親のもとに生まれる。情報科学の博士課程を卒業。2009年「Rifts」でデビュー。翌年作「Returnal」は、Pitchfork誌の2010年ベストアルバム50で20位に選出。2013年にWarpと契約「R Plus Seven」を発表。ソフィア・コッポラの映画『ブリングリング』の音楽監督に抜擢される。自身のレーベルも運営する。http://www.softwarelabel.net/


[2014.10.29追記]『WIRED』日本版として“初”のコンピレーションCDをリリース。収録楽曲のなかにはOneohtrix Point Neverの初CD化音源も収録。詳細については、[

こちらの記事 ](https://wired.jp/2014/10/29/the-art-of-listening/)をご覧ください。


Oneohtrix Point Neverのことは、最新作「R Plus Seven」のリリースの情報が出回るまで知らなかった。「きっと気に入ると思うんで是非聴いてください!」とレコード会社の担当者に薦められて聴いたのが最初。

リリースを読むなり、「アンビエント、ミニマル、音響エレクトロニカ、そしてゼロ年代のドローンとシンセ・リバイバルが交差」「アーティフィシャル・インテリジェンス黄金期の第二章が幕を開ける!」「アンビエント、ミニマル、ニューエイジ、インディ・シンセ…現代音楽と ポスト・インターネットを見事にクロスオーバーさせた歴史的大作!!」と何やら鼻息の荒い文言が目に入り、なんだかめんどくさい音楽なのかなあ、と思ったのだったが、案に相違して、なんとも言えず気持ちのいい音楽が飛び出してきたのだった。

残念ながら、この音楽を巧みに解説するだけの語彙はぼくにはないのだが、一聴して、この音楽の背後にいる男=ダニエル・ロパティン=OPNが相当な変人にして、音楽的な確信犯であることはわかった。ロシアの血を引くニューヨーカー。これからの音楽シーンを面白くさせること間違いなしの逸材に早速Skypeでインタヴューを申し込んでみた。


──もしもし?

やあやあ。聞こえる?

──あ、はい。いまブルックリンですか?

そうそう。家にいる。

──ツアー中じゃなかったんですね。

ちょうど帰ってきたところ。あんまり長いツアーはやりたくなくて。

──ツアーではどういうショーをやったんですか? 誰かとコラボみたいなことされてましたよね。

そう。ネイト・ボイスという彫刻家と一緒にやったんだ。とっても美しい作品をつくるヤツで、彫刻と映像を使ったものなんだ。ネイトと一緒にやるショーでは、互いに即興で音楽と映像をいじったりするんだけど、彼がいない時はもっぱら会場を暗くして、スモークで様子がわからないような感じにしてる(笑)。

──2013年にアルバムを出したサウンドデザイナーのポール・コーリーとも共演してますね。

彼は、いってみればぼくの音響上の導師なんだ。『アール・プラス・セブン』もプロデュースからミックスまでポールと一緒にやった。楽器をつくったりもしてくれたし、言ってみれば一番近いコラボレーターだね。

──楽器をつくる?

Ableton Live 9というソフトを使ってるんだけど、彼にそれをカスタマイズしてもらったんだ。Reaktorにも彼がカスタムしたパッチを入れてもらったりとか、そういうことだね。とにかくいろいろなカスタムキットをつくってくれるんだ。ぼくの音響的なアイデアやテクスチャーに基づいて、パッチや音色のプリセットをつくってくれる、とにかく飛び抜けて優秀なサウンドデザイナーだね。

──音楽的なバックグラウンドを教えてもらってもいいですか?

いいよ。お袋はレニングラード出身のピアノ教師で音楽学者。サンクトペテルブルグ音楽院っていうところで学んだんだ。当時のレニングラードだね。で、親父はレニングラードでいくつかのバンドを掛け持ちしてるロックミュージシャンで、60年代から活動してたんだ。Flying Dutchmanってバンドが有名かもしれない。というわけで、お袋からは正統的な音楽教育を受けて、親父からはロックのレコードをたくさん聴かせてもらったっていうのが、子供のころのバックグラウンドだね。ピアノはたいして才能もなかったから、習ってはやめて習ってはやめての繰り返しだったんだけど、お袋がハーモニーについてはずいぶんと教えてくれた。あと家にはローランドのJUNO60なんかのシンセサイザーもあったし、ホーナーのエレキベースなんかもあった。それに、タスカムのマルチレコーダーやサンプラーなんかもあったんで、変なフュージョンのレコードなんかをサンプリングしては、その上に声やら楽器の音なんかをかぶせて遊んでたんだ。それが高校時代だね。そのあとに大学で音楽を学んだんだけど、そこに変わった教授がいてね。その人にいくつか大事な音楽やなんかを教えてもらったんだ。

──へえ。たとえば?

ウィリアム・バシンスキーの『Disintegration Loops』やスティーヴ・ライヒの『Music for 18 musicians』なんかだね。でも、自分にとって超重要だったのは、ブライアン・イーノが書いた『Generating and Organizing Variety in the Arts』というエッセイだったんだ。

──大学では何を学んでたんですか?

おもにヨーロッパの哲学だね。ボードリヤールとかそういったものを読みながら、批評理論や文化理論みたいなものを論文として書いてたんだけど、いろんな考えをつぎはぎして半ばデタラメにやってた感じ。いまだにこの分野は大好きで興味あるんだけどね。

──そのイーノのエッセイは何について書いてるんですか?

改めて読んだわけじゃなくて、当時読んで理解した内容を言えば、こういうことになるかな。自然の世界を見渡してみると、違うものが新しく出会うことで、ものや種はより早く進化するわけだよね。つまるところ、似たようなものが同じ環境の中にずっといても進化は起こりづらい、もしくは進化のスピードは遅れるということなんだけど、彼はそれをアート全般に敷衍して語るわけなんだ。エコロジカル=生態学的に世界を理解することで、もっと興味深い音楽をつくるやりかたを考えることができる、という話なんだ。その考えを自分なりに咀嚼して至った結論は、ものごとの間にある違いを恐れるなということだね。違いこそが新しいものを生む、と。そう思えたら興奮してきちゃってね。その考えを得たことで、趣味嗜好やジャンルというものをめぐる悩みに答えを与えてくれた、というか目を見開かせてくれたんだ。

──その考えがいまの音楽の基盤にあるというわけですね。

そうだね。音楽ってものは、ぼくに言わせれば、音楽はとてもプラグマティック(=実用主義的)なものなんだ。人は音楽を「使う」でしょ。つまりシャワーを浴びるときに音楽を使ったり、セックスするときに音楽を使ったりね。でも、たとえば彫刻を「使う」人はいないよね。あるいは「生物学」というものを生活のなかで「使う」こともないよね。

イーノが過去のシリアスな音楽家たちの考えを踏まえながら語ったのは、音楽を、ほかの形式のアートや学問と同じようなものとして再発明できないか、ということだったんだと思うな。これは音楽にとってはとても大事なことで、たとえば文学というものは非常に進歩していて、文学の可能性はすでにかなりの部分が踏破されていると思うんだけど、音楽はまだそこまでの深さには至っていないと思うんだ。ぼくにとって音楽は、まだその幼年期にあるようなものに思えてならない。録音技術の発展によって、音を定着できるようになったことが、音楽のありようを大きく変えたと思うんだけど、そこから音楽が進むべき道のりは、まだまだ長いものになると思う。まだルネッサンスすらおこっていないんじゃないかな。

──音楽は彫刻や文学といったものにより近づいていくということですか?

その通りだね。イーノの考えが面白いのは、仮に音楽が彫刻や文学のようなものになっていったとしても、音楽は誰にでも楽しめるものとして存在することができる、というところにあると思うよ。

──「アンビエント」という概念と、いまのお話は関係ある話ですか?

うーん。難しいところだね。たとえば『ミュージック・フォー・エアポーツ』なんかがそうなんだけど、アンビエントって、とりわけ有用性の高い音楽として構想されてるわけでしょ。そうしたユーティリティを追求していくことには、ぼくはあんまり興味がないんだな。むしろ有用性からは離れていきたいと思ってる。彫刻がそうであるように、それ自体が自律して存在しているっていうのかな。単なる壁紙としてじゃなくてね。

──BGMとしてではなく。

そう。簡単に言うと、自分にとっての音楽というのは、自分が「世界」というものをどう体験しているかを率直に表出したものであってほしいということだね。それはホリスティックで唯一無二の存在であって、ひとつの完結した世界なんだ。

──最新作『R Plus Seven』では、言ってみれば「大手」レーベルのWARPに移ったわけですが、そのことによって何かが変わったというようなことはあります?

作品自体はWARPからリリースすることが決まる前に6~7割はできていたから、そのことで何かが変わったとは思わないけど、自分はなんというか、与えられた環境に対してすぐに擬態しちゃうようなところがあってね、だからWARPに移ったことでWARPの歴史やそこにいるアーティストたちから学んだりすることはあると思う。自分は学生みたいなものだと思いたいね。これからいろんなことを学ぶことができると思うし、そのことが先々の自分に影響を与えていくことにはなるだろうね。

──最新作では何か新しいチャレンジはありました?

そうだね。前作の『レプリカ』は時間をかけずにつくったんだ。ロックバンドが一気に録音をしちゃうみたいにね。CMなんかから拾ってきたサンプリング素材を集めて、それを軸に、周りにいろんなアイデアをちりばめていく感じでつくったんだ。でも『アール・プラス・セブン』では、そういうガイドになるようなアイデアや素材がなかったから、自分は何をしたいんだろうってところから考えなきゃならなかった。ピアノの前に座って考える、みたいにね。

そういう意味では今作のやりかたは、よりトラディショナルな創作作法だったかもしれないね。ただ、ひとつだけやりたくないことはあって、それは超垂直的で濃度の高いものはつくりたくないということ。短いループが積み重なって息つくヒマもない、これまではそういう音づくりをしていたから、そういうものはつくりたくなかったんだ。垂直的な音づくりから、むしろ水平的な音づくりに変えたかったと言えばいいのかな。水平でクリアな空間に、不思議なオブジェが互いに干渉しながらたゆたっているような感じかな。

──なぜそうしたかったんです?

いまでも終わりのないような音楽はつくりたいんだけど、水平的な音楽には構造的にナラティブなものになる傾向があって、それを自分なりにやってみたいと思ったんだよね。起承転結のようなものと遊んでみたいというか。それまでは、ずっと音の壁をつくるようなことをやってきたから、今回のチャレンジは自分にとっては新しいことだったんだよ。

──「R Plus Seven」にはかなりナラティブな要素があると。

あるよ、間違いなく。ただ、かなり暗号化されていると思う。あれがこうなってこうなる、みたいに言語化できるナラティブじゃなくて、感じるナラティブというのかな。そこになんらかの物語があるかどうかということよりも、そこに物語を感じられるかどうかということがぼくには大事なんだ。

──曲はどこからつくりはじめるんですか? メロディ? テクスチャー? それとも何かヴィジュアルなイメージがあったりするんですか?

今回の作品ではメロディだったね。

──へえ。

これも自分にとっては新しい試みだった。メロディをつくって、そのなかにちょっと変わった、非人間的な作用をもたらす要素を入れていったんだ。歌が単なる歌として紡がれていくようなことはしたくなかったんだけど、その一方で歌が歌として機能するようにもしたかった。一度つくったメロディを再構築していくようなことだね。

──メロディはピアノを使って考えるんですか?

オルガンをよく使うね。もしくは人間の声やクワイアも使うな。

──サンプリングされた声ってことですね。

そうそう。ぼくは川井憲次の影響を受けていてね。彼は『攻殻機動隊』のサントラを手がけた人だけど、ぼくはあのサントラを何度も聴いていたんだ。クワイアやストリングスの音は、彼の音楽から影響を受けてるんだよ。あと、『AKIRA』のサントラを手がけた芸能山城組のアレンジはだいぶ変わった楽器の組み合わせで成り立っていて、そこではシンセサイザーと日本の伝統楽器が並列に扱われているんだけど、それが面白いのは、聴いているうちに、どの音がホンモノで、どれがそうでないかがわからなくなってくるところなんだ。そこが面白くて、大好きなんだよ。伝統的な音とシンセサイザーの組み合わせが本当に美しいと思う。日本版『WIRED』の取材だからってお世辞を言ってるわけじゃないよ。本当に影響を受けたんだ。

──「R Plus Seven」でも琴の音を使ってますよね。

あはは。そうそう。もちろんホンモノの琴じゃないけどね。ああいう風にエキゾチックな音を使うのって本来はダサくてバカバカしいことなんだけど、琴の音色を使った「Americans」っていう曲は、『宇宙空母ギャラクティカ』というTVシリーズを観ていて思いついたものなんだ。エイリアンの文化をエキゾチックな音楽で装飾するのって、結局はすごくアメリカ的なやりくちだなと思ってね。それで琴の音なんかを入れてみることにしたんだ。琴の音は大好きだけど、ホンモノの琴なんか見たことも触ったこともないわけで、その音を知ってる理由といえば、『宇宙空母ギャラクティカ』みたいな、いびつなハリウッド的視点を通してでしかないんだ。面白いでしょ。つまりぼくは琴を使うことで世界の音楽を引用したかったんじゃなくて、ハリウッドの音を引用したかったということなんだ。

──音楽をつくってないときは何してるんですか?

ミュージアムに行ったりしてるね。あとはお散歩かな。散歩して、食事して、美術館に行ったり、映画を観たりしてるよ。映画はよく観に行くね。週に2~3本は観るよ。ちなみに今夜『ゼロ・グラヴィティ』を観に行くんだ。

──好きな映画を3つ教えてもらってもいいですか?

『ターミネーター2』

──本気?

うん。マジで。最高のタイムトラベルストーリーだと思うよ。

──あとの2つは?

タルコフスキーの『ストーカー』だね

──なんでですか?

最高のタイムトラベルストーリーだから(笑)。

──じゃあ、あとひとつは。

一作を挙げるのは難しいけど、キューブリックはやっぱり神だね。『シャイニング』『アイズ・ワイド・シャット』……どれも大好き。

──『2001年宇宙の旅』は入らないんですか?

もちろん好きだよ。でもね、あの作品については語るのはちょっと難しいな。今日は、勘弁してよ(笑)。


<strong>Oneohtrix Point Never "R Plus Seven"</strong>

INTERVIEW BY WIRED.jp_W